Vol.17
阿蘇 自然とともに生きる 2
熊本地震から8ヶ月

4月の2度にわたる地震、6月の記録的な大雨、10月の阿蘇山爆発的噴火。今年、立て続けに様々な災害が熊本県の阿蘇地方を襲った。阿蘇山のカルデラにあるほかに見ない美しい景色の中に、その爪痕がしっかりと刻まれている。

 その独特な景観は、広大な草原によって作られている。特産のあか牛を育てる放牧場と餌などのための採草場がその草原(牧野)だ。ここでは千年も昔からこの草原を管理してきた。牧場には地震と水害の被害が残る。土砂崩れが各所にあり、牛に飲ませる水が止まったり、牧野までの道路に被害があった。噴火の影響で黒い降灰が積もる場所もある。そのために放牧を諦めざるをえない農家がいたり、草原の管理のために重要な「野焼き」を断念せざるをえない牧野もある。住居などの復旧もまだまだ終わらないため、後回しとならざるをえない牧野の本格的な復旧作業はしばらくは見込めないのが現状だ。

 4月に湧き水が出なくなった南阿蘇村中松地区の「塩井社水源」も、そのままの状態だ。その水を水田に使っていた農家は、なんとかほかの川などから水を引っ張るなどして今年の作付けにこぎつけた。しかし、作付け直後に水害があり、多くの水田に土砂が流れ込んだ。同じ南阿蘇村の長野地区では40ヘクタールの水田のうち、作付けができたのはたった5ヘクタールだった。

 その塩井社水源のある塩井神社では10月、秋祭りに相撲が奉納された。豊作を祈る祭りで今年は開催も危ぶまれたが、「こんな時だからこそ」と行われた。園児から大人まで、住民たちが集まり夜の神社に歓声が響いた。「毎年面倒で、なんで相撲せな、と思っていたばってん、今年はやれて本当にうれしごつ」と、地元の消防団員がうれしそうに話した。

 災害は終わり、あとはただ復興に向かうわけではない。山には亀裂が入り、いつまた崩れるかわからない。すぐそこに自然がある限り、ずっと災害を意識して生きていかなければならない。それでも、悲嘆に暮れているだけではない。自然の所作を受け止め、自分たちでできることをやっている。崩れた山の中を身軽に動き、牧場に水を引く。山の亀裂を横切って、野焼きの準備作業をする。そういった作業には地域のつながりが欠かせない。すべて無償の共同作業だからだが、当たり前のようにこなしてく。古来からこの自然とともに暮らしてきた人たちの生きざまを垣間見た。

写真・文 岩波友紀