Vol.6
供養の夏
東日本大震災被災地 4度目のお盆

 離れていた家族が久々に集まり、セミの声を聞きながら皆でお墓参りをする。賑やかで楽しいひととき。それが日本のどこにでもある田舎の風景だろうか。しかし、ここ福島県大熊町にその風景はなかった。家々には人の気配はなく、墓地には静かに風が流れる。「おー、元気だったかい!」。旧知の知り合いに声をかけられ、根元常子さん(74)の顔がほころんだ。
常子さんと息子の和徳さん(40)は避難先の金沢市からお盆に合わせ数ヶ月ぶりに町に一時帰宅し、常子さんの夫も眠る墓地に手を合わせた。生まれてからずっと町内の夫沢地区で生きてきた常子さん。お墓参りの後に立ち寄った自宅は草が生い茂り、物が散乱したままの室内は次第に朽ちていっているのが目に見えた。誰も通らない家の前の小道を眺め、子供たちが自転車で駆け回っていたことが目に浮かぶ。故郷を離れて、ここが一番心癒される場所だと始めて気づいた。決して息子や孫など若い人には強要しないが、自分だけでも夫の眠る故郷に絶対帰ってくるという強い意志は変わらない。「どんなことがあっても帰ってくるから。それまでここを守ってね」、残したままにしてきた夫に常子さんはそう語りかけた

 福島県浪江町請戸地区。津波に破壊されたままの墓地を歩く人たちがいた。若瀬チヨコさん(81)、児高ミツコさん(77)、杉山弘子さん(74)の3姉妹。お盆にあわせ、38歳で亡くなった3人の妹のお墓参りにきたという。請戸で生まれ育った姉妹。それぞれ故郷を離れた後、現在児高さんは広島県、杉山さんは東京に住み、結婚後浪江町内に戻ってきた若勢さんは原発事故で郡山市に避難している。

 津波で壊滅し、さらに原発事故により今でも立ち入りが制限されている故郷。杉山さんはそんな故郷をずっと見たくなくて、震災後一度も来られなかったという。「お墓の石が立っている」。テレビで請戸の墓地の映像を見て、一度は行かないといけないと感じ初めてみんなと一緒に訪れる決心ができた。町を出てからも夏休みには必ず子供を連れて3姉妹みんなが実家に集まって過ごした。夏でも船に乗ると風が涼しかった。「胸が苦しい」と、杉山さんは初めて目の当たりにした変わり果てた故郷を見つめた。

 プレハブ小屋に安置された本尊に向かい、地元の女性たちが読経した。岩手県大槌町中心部にある蓮乗寺。津波で押し流された瓦礫の火が移り、寺は全焼した。住職の木藤養顕さん(57)は燃える庫裏からかろうじて本尊だけは持ち出し守ることができた。長くプレハブの仮設本堂で活動してきたが、来年にはようやく新しく本堂が完成する予定だ。


 毎年お盆には檀家たちと一緒に家々を読経して回るのが恒例だった。震災後は中止していたが昨年に復活。法衣姿の女性たちが家がなくなった町内を、太鼓をたたきながら回る。最後に着いた漁港からは小さな船で精霊を送る「舟っこ流し」も行われた。漁船に乗った木藤さんらを檀家たちが読経で見送る。沖で海に流された舟には火がつけられ、津波が押し寄せた湾に小さな炎が立ち上がった。同町では、お盆には送り火や迎え火を玄関の前やお墓の前でする風習がある。震災から3年半たっても家もお墓も再建がままならず、今年も仮設住宅や崩れたままの墓地で小さな炎が寂しく灯されていた。(2014年取材)

​写真 文/岩波友紀