2011年、福島第一原発は放射性物質を撒き散らした。多くの住民が避難し今でも立ち入れない土地がある。

 美しい福島の大地を知っていた私は、故郷の喪失と目には見えない放射能の被害を可視化しようと、福島の風景を記録していった。

 

 年月が経つにつれ、風景は変化を続け、見えない被害が直接的に写真に写ってきたのだ。

 それと同時に事故から3年後に私は福島に移住することで、居住者として福島を撮影することになり、別のことに気づいた。普通の生活を送っているように見える人たちの心にも、不安が常につきまとっていた。それこそが写真には写らない目には見えない被害だったのだ。

 

 福島では物理的に境界線が引かれ、土地と人間とが分断された。地方では、土地と人は密接に関係している。避難区域でなくても、汚染された神聖な土地と人は分断されてしまったのだ。そして、物理的だけでなく精神的な分断が起こっていた。経験のない放射能の影響に対して正反対の情報が流れ右往左往する。避難区域の境に境界線が引かれ、立場の違いや考え方の違いで友人が心通わない人に変わった。

 

 見えない放射能と、福島の人の心に刻まれた見えない被害。土地との関係も他者との関係もすでに修復できない。心の中の不安は除かれたことはない。

 

 ある人はなすすべなく見つめ、ある人は自分の信念によって進み続ける。

 ここでは誰も、何が正しいか、今も今後もわからない。

 それでもここで生き続けている。